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人は2000年前から炭を焼いてきた
2000年前の人もこの煙と同じ煙を見て炭を焼いた
西暦2000年代にも、山にこの煙はたなびき続けるだろうか
炭焼日誌「2000年の煙」2000/10〜2001/3
1960年生まれ、70才くらいが中堅のこの世界ではまだまだ若輩者です。
3/24
全国の里地保全、甦生に関わる里地ネットワークの方たちが、小川町を訪れ、小川町自然エネルギー研究会と共同で行ったイベントの交流会に行きました。
里地とは、そこで循環が成立している奥山と、何も生み出さず環境に対して負荷のみをかけている都会との中間にあって、人がその環境にかかわり作り出すことで、人を含めた循環-共生が成立している、または成立しうる場だそうで、いわゆる里山に抱かれた田畑、河川、集落などを指すそうです。詳しくは里地ネットワークを見てください。
各地から、里地の甦生に向けたいろいろな取り組みが語られて元気付けられました。集まりに向かう途中、道端、畑端で見つけた花たちです。
3/16
今年はじめて、うぐいすのさえずりを聞いた。いよいよ春。伐採の季節もほんとうに残りわずか。
今日、切った木は特に大蛇のようなツルに締め付けられていて、痛々しかった。今度、うまく萌芽したら、こうならずに元気に成長してくれよ、早めにツルを切ってやるから。3/11
炭出し。前回と比べると皮付き悪く、窯底近くが花開きしている。写真のように、花びらが開いたようになっていることを私がこう呼んでいる。窯底の温度が上がり過ぎたために、この部分から炭素分が抜けて、ガサガサに軽くなっている。
窯止めの時に、着火したためか、窯止めのタイミングがそもそも遅かったかのどちらかのためだと思う。3/5
ねらし、窯止め。臭いも良くて、これはいい感じだなと窯止めを始めて、ほぼふさぎ終わって、細かい隙間をなくすため、水気の多いトロトロを窯の入り口部分に掛けながら、隙間がありそうなところを手で抑えてチェックしていると、窯口の上の部分に3段に積んだレンガの一段目が動いて、かなり引っ込んでしまった。それを補修していると、隣や上のレンガまでかなり奥に引っ込んでしまう。これは危ないかなと、作り直した方が安全かと考えたのが間違えだった。レンガを3つ取るとガッと炎が上がって、あっというまに屋根のはりまであと少しのところまで、炎が伸びる。あわてて、レンガをつかんで置きなおそうとするが、手袋をしていても持てないくらい熱い。でも、やけどがなんだなんて、言っていられない。火災になったら大変なことだ。必死でレンガを積みなおす。1つ、2つと積んでいき、空気の入り口が小さくなると、炎もその分弱くなる。レンガの隙間から出てくる炎も、急いで土を練って抑えていく。時間にするとほんの5分くらいだが、怖かった。火の恐ろしさを改めて思い知った。
これまで、小さな隙間からガスが出てきて、ボッと炎になったことはあったが、せいぜいアルコールランプ程度のもの。こんなこと初めてだ。煙の温度でも400℃は裕に越え、窯の上部は1,000℃近い。煙突もふさいだので、窯の中はすぐに着火するガスで充満している。そこへ一旦なくなった酸素が一気に入りこんで、火の手が上がった。天井が落ちた時は、火柱が上がるというが、それがうそではないことがよくわかった。これからは窯止めの時も細心の注意が必要だ。最も温度が高い時なのだから、当然なんだが。
火災にならず、ほっとしている。事なきを得て、あまりしたくはなかった経験だが、いい経験をしたとも言える。昨日までの雨も助けてくれた。もっと乾燥していたらと思うとゾッとする。水の神、火の神に感謝したい。
3/1
2/26から燃やしはじめて、昨日自発炭化になったはずが、今朝からの雨で、72度にしか行っていない。少し追い焚きして、81度までもっていく。
12/12に書いた「可能なるコミュニズム」の実践編として「NAM(New Associationist Movement)の原理」(柄谷行人編著)を読んで、わくわくしてさっそくNAMに参加した。もうひとつの社会として、生産-消費協同組合の連合体としての社会を描いて、この社会の中に対抗ガンとしてNAM的な物を作って、広げて行こうということ。その大きな一つに地域通貨がある。原理はいいとして、さて何をするか。会員になったからと言って何かを指示されることはない。どう何を実践するかというのは各自がやるしかない。さて、何から始めるか。MLの膨大な量の前に、今はまだ立ち尽くしている。地域通貨も楽しいけど、生き生きとした炭焼きの生産組合は若手の炭焼きが生き残るためにどうしても必要ではないかと思いはじめている。
でも、ここにリンクにもある大先輩のスミヤキスト美谷克己さんがいらしたのはうれしかった。同じようなことを思いつつ炭焼きしている方がいると思うと心強い。2/26
オークションに出していた竹のままの炭が落札されたので、さぁ送ろうとしたら、ヒビが入っていてとても送れる状態ではなかった。差し替えで了解をいただいて、ほっとしたが、ついこの前までしっかりしていたのに、ヒビが入ってしまうとは。この冬の雪とその後の晴天など湿度が急に変化したせいだと思うが、割った竹炭はここまでではない。
やはり竹を丸のまましっかり焼くのは難しいものだ。炭化温度を低温で抑える、自発炭化に至る前の予備燃しをもっと長時間やる、もう少し乾燥させてから焼くなどを竹だけ焼く時にやってみたい。クヌギを焼いた後なので、早くても5月か6月になるが。2/21
窯天井の補修をする。天井を作り変えた今の窯は前回の窯に比べると天井のひびの状態はそれほどひどくはない。それでも、時々指が突っ込めるくらいにひびが広がれば補修してやる。天井を落とさず、少しでも長持ちさせるためだが、窯止めも短時間にできて、炭が灰になってしまう率も減る。
いろんな補修方法があるだろうが、私は少しお金はかかるが、耐火パテと耐火モルタルを使っている。既存天井との間に接着剤として耐火パテをはさんで、耐火モルタルを水で良く練って、入れてやる。2/20
炭出し。開けた時は、結構窯の奥に倒れこんでいて、これは立て木が折れたかなと思ったが、実際はほとんど折れることもなく一本で出た物がほとんどで、皮付きも良くいい炭に焼き上がっている。茶の湯炭の場合、最も細い物は炭にして2cm弱、原木で3cm弱という細さだ。こういうのを窯の奥に並べていくとどうしても隙間もできて、倒れこんでしまう。一窯の炭の重さも当然軽くなる。それでも、茶の湯炭には細いのも必要なのだからしかたない。
いい炭が焼けるのも、今シーズンはせいぜいあと3窯ほど。伐採から炭焼きまでていねいに作業を進めたい。2/19
春の陽気。なのに、こないだの雪がこの山にはまだ残っている。南側にある人工林のために、ほぼ完璧に日陰になっているせいだ。昨シーズン伐採し、萌芽したクヌギも、日当りのいい山に比べると半分くらいしか成長してなさそう。これはまた大きくするにはかなり手がかかりそうだ。2/16
またまた雪。5cmくらいは積もった。今年3度目か。山に行くと雪の重みで3mくらいある笹が倒れて、道をふさいでいる。そればかりか、枯れた木が倒れてやはり道をふさいでいる。本当は死んでいたのにツルで吊り上げられていて、立っていたように見えた木が雪の重みで倒れこんでしまったのだ。
人工林はもっと悲惨だ。この程度の何度かの雪で、もともと間伐されずに密集している山では雪の重みで何本も倒れている。
雪は、山の荒れた姿をあらわにする。
2/11
私の炭焼き仲間の房総の先端、千倉での窯作りに行ってきました。子供といっしょだったので、ほとんど見学でしたが。
98年の秋からとりかかった炭窯作り(炭焼きこぼれ話の「房総千倉で炭窯作り」)は、最初の黒炭窯があえなく、天井が落ちて崩壊、仕事を持ちつつ遠方に通っての炭焼き窯作りの厳しさです。そして、天井が落ちないように、そして比較的短時間に炭が仕上がることから白炭窯を作ることに。信州鬼無里から白炭を焼く炭焼き仲間に来てもらって、夏に作ろうとしたのが、雨にたたられて、今回が再挑戦。ただ、いい石が近くにないことから、写真のように鉄筋と鉄の網を組み込んでの天井作りとなりました。今回こそはぜひ首尾良く行くことを願ってます。 作業に来てくださっていた地元の炭焼き師の方から、25年も持っている窯作りの方法をお聞きしました。焼き土だけを使って、叩き締めて、天井を作って、そのあとの乾燥を3週間もかけるそうです。今度見せてもらおう。
板橋区のサンシャインという高層団地の中での炭焼きを、住宅地の只中で煙をどうしているのか知りたくて、見に行きました。まず、煙を少なくするために、煙突を伏せ焼きの窯の中を通して、焚き口側に持ってきて、煙の温度を上げ、その煙を自動車の触媒に通して、最後に炭の入ったドラム缶に入れて、上から水を掛けてやる、煙はエアコンのモーターで吸い上げるという工夫に関心しました。かなり煙の臭いと量は減っているようでした。私の窯も、住宅地化で近々煙対策が必要になることも充分考えられる(炭焼きこぼれ話の「 住宅地と煙」)のでとても参考になりました。
*写真手前が伏せ焼き窯、その左に焚き口と煙突、エンジ色の缶が触媒の入っていて、水色の缶が水を掛けている缶で、上部のモーターから煙が出ている。2/5
2/1から修行時代から通算で81回目の炭焼きにかかっています。80回やってもなかなか満足の行く炭焼きは何度かしなかいし、それも100点満点とは言えません。木の善し悪しというのもわかってきて、本当にいい炭が焼ける時期も一年で12月から3月くらいまでのほんの一時期というのもわかってきはしましたが、煙の温度や色、臭い、量などで窯の中の状態がわかると言うまでには至っていません。炭焼きの奥の深さに、まだ手探りしているところです。1/31

昨日の炭を切っていると色のついたのを見つけた。光を当てると、写真左は青、赤、紫など7色、写真右は金色をしている。ともに時々出る色。どうしてなんだろう?
1/30
炭出し。皮付きもいいし、精錬計も下から触れるし、一本出も多く、前回と比べて重みもある。出していると炭同士が触れ合っていい音がする。北斜面の今の山の木としては最高のできではないかなぁ。こういういい時の炭出しは、炭焼き冥利に尽きる。だから炭焼きは止められない。
1/25


昨日から、昨年末に切ったクヌギの玉切り。ツルにしっかりと巻きつかれた木が半分近くもある。玉切ってもツルは取れない。10cmくらいにナタで寸断してやっと取れるくらいしっかり食い込んでいる。こういう木は枯れている枝も多いし、枝張り自体が少なく、貧弱で、重みも軽い。
左は元気なクヌギ。右はツルで弱って、枯れて、折れてしまったクヌギ。一番右は玉切ってもツルだらけのクヌギ。
リースや籠作りでツルは人気だが、もっと多くの人が山に入ってツルを持って行くようになれば、山は元気になるのに。1/24

ねらしをして最後煙突口温度390度で窯止め。前回は、400度を思いっきり越えて、400度計だからはっきりとはわからないが、430度くらいまでいっていたようだ。どうして最終温度がそのたびに違うのか。中の材は、前回と今回は同じ山の同じくらいの太さのクヌギでほぼ同じ。炭焼きの流れが違うせいなのか。まだまだわからないことは多い。 さて、クヌギとコナラ、樹皮ですぐにわかります。左がクヌギ、右がコナラです。
1/20
小川から車で北西に45分程の神泉村に行って、地元林業家の方からのお話をいただき、クヌギの伐採をしました。チリホールを駆使して、しかも急斜面、とってもシビアで疲れもしましたが、得ることの多い神泉行きでした。
今回はクヌギが7本ほどでしたが、今年の秋から、この林家のお持ちの広大なクヌギ山を切らせていただけることになり、とっても安心しました。私の炭焼きの継続にはいいクヌギ山が不可欠にもかかわらずクヌギ山はとても少なく、山(=立木)の確保はずっと頭の痛い難題でした。おかげで大きな懸案が解決しました。
そして、お宅にお邪魔して、2時間もお話をうかがったのですが、100年、200年先を見据えた山作りの話を聞かせていただきました。広葉樹の里山についても、経験に基づいた深い知識がおありで、感銘し、かつとても元気づけられました。また、埼玉の森林サポーターの方たちが山仕事するのにお持ちの山を提供しているとのことで、拠点作りに小屋を建てているところを見せてもらいました。この秋には炭焼き窯を作ろうかと計画しているとのこと、私もできるだけお手伝いしようと思います。
1/16
材入れ。前回、途中で消えたのは上げ木が太すぎたせいだと思われる。今回は約2〜3割くらいは太さ約3〜4cmの細い物を入れた。1/15
まだ雪がある中、クローラー運搬車で搬出。さすがクローラー(キャタピラ)、雪の上も平気。これは重宝な機械です。軽トラにギリギリ乗る大きさで、55万円くらいしたが、これを入れる前は、一輪車で運んでいたので本当に楽になった。これまでに4回も前転したのにはマイッたが。
1/11
8日に降った雪は、舗装道路ではほとんど気にならないくらいになったが、まだ山には5cmほどしっかり残っている。長靴で雪を踏みしめながら、クヌギの玉切り。
雪がいつも降る地の炭焼き仕事のたいへんさを思う。雪の中は歩くだけでも、たいへん。防寒もしっかりしなくてはならない。切った後に雪が降れば、木に雪が積もって雪の中から掘り出す作業も加わるだろう。豪雪地帯では、雪の季節になる前に数ヶ月分を切り出しておいての炭焼きとなるのだろう。雪上車などで大規模に搬出するところはむしろ雪の季節の方が、切り出しやすいだろうけど。 雪の上でチェーンソーを使っても、今年は油が気にならないのがいい。植物性オイルにして正解だった。植物性オイルで一番安いのは18リットル7000円。Emailアドレス sasuthi@lilac.ocn.ne.jp からカタログが請求できます。
1/7
木の伐採があるという話をもらって所沢まで行く。何の木かわからないが見て欲しいとのこと。例のダイオキシン報道で有名になったクヌギ山の近くだというので期待して行ってみたが、残念ながらその山はコナラばかりの山だった。クヌギが出ることがあったら連絡をお願いしておいた。1/6
窯出し。いいクヌギを入れたつもりだったけど、皮の付きが極端に悪い。木自体が苦労しすぎていて、皮が厚すぎて、皮付きが良くないというのもあるが、それにしても悪い。上木のなくなり方がいつもより倍以上だ。やはり、一度消えてしまったために、上木が燃材になる量が多く、その分立木が高温になりすぎたのだろう。全部出したわけではないので、奥の中のあたりに置いた物に期待するしかない。写真は、冬空に映えるコナラ。
2001/1/1
新年明けましておめでとうございます。
いよいよ新世紀。冒頭に書いているように、2000年前頃から今の形になってきた炭焼き。今世紀もこの煙が山にたなびき続けることを願って、炭焼きを続けていきたいと思っています。
山の再生力の範囲内で、木を切らしてもらう炭焼きは、コナラ、クヌギを中心とした里山とともにあります。
東京から小1時間のこの町でも、人が山に入らなくなって、背丈の倍以上の笹や木の成長を抑え付ける蔓で覆われて真っ暗な山が多く、荒れています。そんな山に道を作り、下刈りをすると、山が明るくなり、風が通り、山と山の生き物たちが元気になっていくのがわかります。木を切る時は、「またしっかり芽を出して大きく育ってくれよ」と祈ります。そして、一番いい炭になる頃に、細かく切って窯に入れて、じっくりと8日ほどかけて焼き上げます。いい炭を焼くために、時間を窯と中に入っている木にゆったりと委ねます。
山が元気になり、いい炭を焼かしてもらうことをいつも念じつつ、木を探すところから、炭に焼き上げるまでの営みを、本年もさらに探求し、精進して行こうと思っています。 昨年は念願の炭焼きを発信するこのサイトやっと開くことができました。3000人以上もの方が訪れてくださり、ネットを通じて、いろいろとお話できる仲間もできました。使ってくださる方とのつながりもさらに深めて行きたいと思います。
炭焼きや山の中で感じたことを「うた」にしたいと前から思ってました。今年は、ネットで聞けるようにするために少しは作業を進めたいです。そのうちには、山の中で仲間と歌をうたい合うイベントなんかもしたいと思っています。
12/12にも書きましたが、利子を生まない地域通貨と言われる交換システム作りを将来やってみたいと思っています。お金がお金を生み、それが地球を駆け巡って私たちを振り回している状況に少しでも風穴を開けたいものです。
昨年は病院に駆け込むようなケガをせずにすんだはじめての年でした。今年も何よりケガをしないで炭焼きに精を出したいと思います。
本年もどうぞよろしくお願いします。
12/22
窯止め。最終的には、煙突口で410度以上。結局、予定の範囲内で収まった。炭焼きのコツは、低温で長く、高温で短くと言われている。それを今回限界ぎりぎりまでやったと言える。低温が長いと、後半は急激に進む。今回の炭のできに期待しよう。12/19
14、15日と予備燃し、16日口燃し。が、昨日、煙がない。良く見るとほんとうにチョロチョロだけ、煙突口の温度で45度だ。ここまで下がったのは自分で窯を持って炭焼きはじめてからは始めてだ。その後、焚き火。通気口と煙突口をいつもより少し大きめにして、薪を詰めておいたら、今日やっと自発炭化を確認した。材は、クヌギのいいところばかり。予備燃しがすごく長いということでいい炭になってくれることを期待しよう。12/13
材入れ。今日はネットを通じて連絡をいただいた東大和市の雑木林の会の方がたくさん来てくださって、にぎやかな材入れとなりました。日頃からドラム缶窯や小さな土と石の窯で炭焼きをなさっている方たちです。久々に大勢の炭焼き仲間と出会えて楽しかったです。
炭出し。竹の丸は思っていた以上に、縦ひびはあるものの結構しっかり焼けた。産直の里山の詩に加えようと思う。 今、柄谷行人編著「可能なるコミュニズム」という本を読んでいます。そこにカナダなどで行われているLETSというシステムが出てきます。いわゆる地域通貨と言われているもので、前から(炭焼きこぼれ話の「お金でないお金」)おもしろいと思っていました。利子がつかない、現金に交換できない、お金であってお金でないものだ。物々交換の延長にあるのだけど、自分が相手にとって必要な物やサービスを提供できなくても、自分が必要だというものを手に入れられる。帳簿上その分だけ赤字になるだけ。そして、そのうち自分が物やサービスを誰かに提供することでこの赤字を減らすことを求められる。この地域通貨とは、交換の際の純粋なものさしと言えると思う。国が発行するお金がどんどん蓄積され、増殖していき、多くの人たちを苦しめることになるのとは対極にある。これをネットでやるととてもおもしろいと思う。
私のように、第一次産業の零細業者がネットを通じて、生産物を売っていること自体、お金の蓄積などとは無縁とは言える。そして、さらに交換するものさしがこの地域通貨とインフレとも為替相場とも無縁で、もちろんお金を蓄積してのんのんとしていようという企みなど持ちようがないというのはとても痛快だ。そのうちぜひやりたいなぁ。
12/8
今朝は霜が降りました。貯め水も表面が凍っています。
クヌギの玉切り。この山のクヌギはいまひとつです。緩やかなんですが、北斜面なので、あまり陽が当たらないせいだと思います。南斜面で陽が当たりすぎて、すくすくと伸びすぎるのも木として重みがなくて、良くないのですが、ここは苦労しすぎて、皮が厚く、樹皮にいぼのようなものができているものも多いです。そこそこ苦労している木がいいように思います。人と同じかなぁ。
写真は紅葉も終わりのコナラ。12/6
山でこないだ切ったクヌギの太い部分を玉切り。太さ10cm以下の部分は、明後日に玉切る予定。少しでも切り口からの乾燥を防ぎ、炭の皮付きを良くしたいので。 冬の山は、鳥の声も聞こえず、静かすぎて少し寂しい。
12/4
炭を大ハンマーでつぶして、5o〜3o程度の大きさにする。人形などの中に入れて、消臭、除湿を兼ねたマスコットを作るんだそう。
炭を入れた箱の中から、カメムシが屋外に置いていたものだと30匹くらい混じっていて、取り除くのに苦労する。毎年、葉が落ちる少し前から、カメムシがたくさん炭によりついてくる。どうしてだろう。やっぱり居心地いいのなかなぁ。
山には裸の木が増えてきた。
11/30
予想より少し早いけど窯止め。炭化の後半がすごく早かった。竹の丸を多く入れたためだと思う。なんせ中は空洞だから。
出荷に向けて炭を仕分けしているとコナラの葉が落ちてきて取り除くのにたいへん。木々たちは、葉を落としていわば冬眠に入る。その間、根は春の芽吹きのための養分を蓄え続ける。そして、この時に私たちは切らせてもらう。そうすると根に力がある分、春になれば切り株から萌芽してくれる。一方、夏に切った木からの萌芽はかなりかんばしくない。
伐採適期が葉のない時というのは、水分を吸いすぎている木は炭にした時、あまりいい炭にならないからと言われている。でも、もしかするとそれ以上に、この切った後、しっかりと芽を出せるかどうかということがあるような気がする。11/27
25日に口燃しをし、自発炭化まで持っていったはずなのに、今朝になっても煙突口温度80℃。このまま行くと消えてしまう可能性もあるので、少し追い焚きをした。
2時間くらい燃すと写真のように煙が勢いを取り戻してきた。
11/24
今日も秋晴れ。
蒸し煮3日目。なかなかいい感じ。
写真は近くのくぬぎ山。
11/22
今日は今年初めてじゃないかな、秋らしい高い雲の後は、どこまでも高く高く澄み切った秋晴れ。紅葉にはこの空が一番合う。
予備燃し=蒸し煮にかかる。今回は、前回から日もあいているし、竹もできるだけうまく焼きたいので、3日間くらいやるつもり。
11/21
こないだ切ったコナラと近くの竹工芸屋さんから頼まれて用意してくれた竹を丸のまま窯入れ。花器などに使うので丸のままの竹炭が欲しいという人が多いらしい。竹屋さんの話だと普通の木に混ぜて竹を焼いた方がいいとどこからか聞いてきたみたい。でも私の経験からすると、竹は竹だけで焼いた方がしっかりした炭になると思う。竹に比べると普通の材は高温になって、その影響で竹は焼けすぎる傾向にあります。ただ、今回は、焼肉屋さん用の炭を焼きたいため、コナラと一緒焼く。花器なので、それほど高温になる必要はないので、敷き木のすぐ上にもそのまま並べてみました。
11/16
来月半ばに焼く予定のクヌギを伐採しました。最後の一本で、狙っていたのと逆に重心がかかって、危なくチェーンソーが挟まりかけました。重心が逆にかかったコンマ何秒かのうちにチェーンソー抜いたので大丈夫でした。ゆっくり少しずつ切っていたからなんとなったわけでこれを焦って切っているとこうは行かないし、チェーンソーどころか自分が逃げる時間も厳しくなります。
さて、この木の処置は、ワイヤーをかけてチリホールで引っ張るしかありません。25メートルのワイヤーを出して、支点となる木に滑車を付けて、それに通して、チリホールも別の木に台付けしてと、あっちこっちを動き回っての作業となります。まぁ、太さ25cmくらいの木でしたから、楽に引くことができましたが。写真は何の実でしょう。〜まゆみ だそうです。佐藤光夫さんに掲示板にて教えていただきました。
11/14
山は色付きを深めています。
こないだ切ったコナラの玉切り。乾燥が足りないですが、料理屋用の炭がないので仕方ありません。じっとしているとちょっと肌寒いほどですが、仕事をしていると汗が落ちてきます。山仕事にはちょうどいい季節です。
アザミがまだ咲いています。
11/9
山でコナラを切りました。思っていた以上にもうかなり葉が落ち始めています。
夏までの伐採では、隣の山にかかっている木、つまり重心が隣の山に向いていてそのまま切ると隣の山の木にかぶさってしまう木を残しておいたので、それを切りました。

木にはしごで登ってワイヤーをかけて、滑車を経て伐採方向はさけて、チリホールという機械で引きます。はしごは、アルミ合金の最新のものですが、6mもあるのでさすがに一人で運ぶと結構重い。切り出してからも、少し切っては、また引っ張りに行って、切り終わってもワイヤーはずしたり、緩めたりと結構動き回ります。一人でやると一本に30分近くかかります。11/6
8/14にも書きましたが、私の師匠が飼育しているカブトムシの幼虫を見せてもらいました。したけの出終わったホダ木を食べまくって、腰の高さまで積み上げたホダ木が1シーズンで、半分くらいの高さになるのですから、食欲旺盛です。
いやぁ大きい。太さ2cmくらい、長さは伸ばせば12cmくらいあるかなぁ。身体が大きいと糞も大きくて、楕円形で長手は1cmくらいはある。
この幼虫をお分けします。詳しくは お知らせ 10/30
このところ、炭倉庫にコン、コロコロコロという音しきり。コナラのドングリが落ちてくるんです。そんなに子孫の素を作ってどうするんだというほど、落ちてきます。
さて、山の木や草は、人が手を加えずそのままにしておいた方がいい、木を切るなんてもってのほか、という考えまだまだ根強いです。
人が自然と対話しながら、適度に手をかけてやった方が、山はより元気になります。
最終的植生が常緑樹の地での落葉広葉樹の雑木林の維持のための落ち葉かき、下刈り、伐採、これは炭焼きに不可欠です。人の手で山は元気になります。人と山がとてもいいハーモニーを奏でてともに何千年も続いてきたのが、里山と炭焼きです。
一方、深山などの極相林状態も山は元気です。南関東なら、どんなに荒れた山でも最終的には、カシなどの常緑樹の山になるはずです。でも、そこに人が手を加えてやれば、放っておけば500年かかるところが、半分ぐらいの250年で元気で力のある森になると言われています。東北地方のブナ、ミズナラ林もしかりです。
その山に沿った形で、元気な山を思い浮かべ思いながら、人が手をかけてやれば、やるほど山も答えてくれるわけです。 笹やツルに覆われた荒れた山よりも、風通しが良くて木々がしっかり伸びている山の方が、元気があって、CO2の吸収力が大きいのは素人目にも明らかですが、最近の研究でも実証されつつあるということです。10/25
やっと炭焼き本来の仕事に戻りました。茶道炭の炭が冬用(炉用)に変わるのが、11月から。そのため、今月末までに送らなくてはならない注文が立てこんでいます。山の伐採もそろそろ。いい木は葉が落ちる頃に切りたいのですが、料理屋用の炭がもうないのは痛い。山探しとともにじっくりと仕事の予定をたてねばなりません。
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最終更新日 :2001/5/11