2000年前の人もこの煙と同じ煙を見て炭を焼いた 西暦2000年代にも、山にこの煙はたなびき続けるだろうか
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これまでの炭焼日誌をファイルにしました。 炭焼日誌1995-99ファイル A窯作り B炭焼きこぼれ話 C山・山仕事を語る |
| 自作のうたを聞いてください→ |
1960年生まれ、炭焼きをはじめて11年目のケイタです。70才くらいが中堅のこの世界ではまだまだ若輩者です。
昨年の秋に拾ったクヌギのドングリを蜂やプランターに植えたものです。| 今年植えた苗からの小さなく芽で出ているものです | これはもう少し葉が開いている今年植えた苗 |
| でもほとんどは写真のようにまだ萌芽していません | ただ、木は死んでいるのかというとそうでもないことが多いんです。 これは昨年芽が出ず、今年芽が出ているものです。 地上部は枯れているようでも、根が生きていて、復活するんです |
| これは元気のいい去年植えたものです | これは3年目のもの。10年かからずに、伐採できるかもしれません |
| クリのいがや枝などがきれいに炭化しています | 採った山菜と上がてんぷらです。春の味です。 | |
| 卵と小麦粉と砂糖で作った生地を あらかじめあぶって、穴を開けた竹に塗ります | 生地が落ちないよう両側でクルクル竹を回しながら焼きます | |
| それを何度も繰り返してある程度の厚みができたら、 竹から抜き取ります。わーと歓声が上がって完成。 この厚さで約2時間かかりました。 | 切るとしっかり年輪の形が見えました |
思っていた以上に、砂分が少なくヒビが入りました。
午前(左)と午後(右)の違いはそれほどありませんが、少しは午前の方がましではあります。午前の方の山の土に砂分が少し多めだったためだと思います。
6/4の仕上げ塗りでは、砂を半分程度混ぜる予定でいます。
| 一年前の自然エネルギー学校で、ご近所のログビルダーの高橋昭夫さん(ヤングリーブス)の指導で、参加者の皆さんと簡易ログ作りにとりかかりました。 その後、その参加者の、MさんとIさんはじめ多くの方のおかげで、ここまで(写真、右下)になりました。 3/27に土壁塗りをします。小屋完成祝いもかねて、楽しくやりたいと思います。ピザも焼きます。どうぞご参加ください。くわしくはこちら | ![]() | ![]() |
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4/26の芽の11日後です。だいぶ成長しました。![]() | 山に行って玉切りの最中に本当に小さな小さな萌芽を見つけました。大きさ1〜3mm。 この3月末に切ったばかりのクヌギです。硬く厚い皮をなんとか自力でぶち破ってこの世界に生まれてきたクヌギの赤ちゃんに乾杯! 本当は純粋な赤ちゃんというよりは、元の木の文字通り再生のスタートですけど。どちらにしても新たな始まりです。これがうまくいかないと元の木にはならないですから、うまく育ってほしいです。 右は昨シーズンの冬に伐採したクヌギの若葉が開きました。順調に育っていて、ほっとします。 | ![]() |
![]() | 山の手入れをしました。 去年4月、体験会参加の皆さんと植えたクヌギは、成長したものだと70cmくらいになりました。→写真左 それともう3年前に切ったクヌギは萌芽更新して3メートル近くになっています。→写真右 帰りに見た蝶と花です。名前はまたあとで。 | ![]() |
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そうすると、午前11時の着火からほぼ6時間かけても、まだ中を覗くとほとんど未炭化で、竹の表面が黒っぽい程度。やはり最初、縦においていたオイル缶では、上部の方は熱くならず、熱が逃げてしまっていました。最後の2時間は、写真のように横にして、最後は、火の中に入れました。1時間後(午後6時)、煙が青くなってきたところで、缶を空けると燃えたので、灰+水をかけて、強制消化したのが、写真です。前回までと違って灰になってしまったものは少ないですが、部分によっては炭になっていた程度です。あと1時間くらいやればそこそこのものにはなったかもしれませんが、これでは時間がかかりすぎです。
神泉村の山で原木の搬出。伐採跡に、スミレ(たぶんタチツボスミレ?)があちこちに咲いています。この可憐な花の花見を楽しんで、できるだけ傷つけ、踏みつけないようにしながら、作業です。何しろどれも「世界に一つだけの花」ですから。
つるでつながった少し難しい木の伐採についての話です。左は、今日伐採した木です。写真で少しわかりにくいかもしれませんが、斜めに棒を渡したように、なっているのが、つるです。根本がいっしょの2本の木をしっかりつなげています。こういう場合、右のように、切りこみを入れます。最初に倒れる木、特に、最後まで切らないこと、倒れる際の「ツル」を多めに、しっかりと残しておくことが必要です。切った結果、うまく2本目を切ったところで2本ともうまく倒れてくれました。
この「ツル」とは、「つる」音が同じでややこしいですが、木が倒れる際にゆっくりと倒れるようにするための蝶つがいの役目をするものです。下の左の写真は、この木の2本目の切り株ですが、ひきちぎって、ささくれ立っている部分がそれにあたります。

右の写真は、伐採地です。腰の高さでわざと切ってあります。30年以上だった木は、腰高で切った方が萌芽しやすいと言われているためです。
*伐採そのものについてはメールマガジン17号を見てください。

4月の体験会で皆さんに植えていただいたクヌギを見に行く。左のように、苗がほとんど見えない状態。少し遅かったけど、これ以上遅いと枯れてしまっていただろう。7月に見に来た時は、苗は見えていたので、それほど大したことはないかと思ったら、大間違いだった。1時間くらい草刈機で下刈りして、右の状態になった。この間、この炭焼日誌をお休みしていてごめんなさい。月一回ですがメールマガジンの方に炭焼きの様子を書いてますので、見てください。バックナンバーはこちら
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昨年の9/20に下刈りをしておいた山に少し遅くなったが、クヌギを23本植えた。以外に石が多い土で力はあまりない。順調に根付くかどうか不安だが、なんとか育って欲しい。5/2長野産のクヌギも含めて入れてみた。炭焼きの最終日。今回はいつもより、丸2日も炭焼きが伸びてしまった。それに最後のねらしでも、温度の上がりが鈍く、窯に力がない。煙はない、臭いもいい、なのにである。前回の炭焼きから少し時間が空いたのはあるが、それにしてもこんなに時間がかかるとは。高温がながく、ガスが抜けてしまったせいで、燃えるガスがないせいで温度がなかなか上がらないのか。普段は曲がりくねった枝部分が多いのに、今回はまっすぐなものがほとんどだからか。煙道に向かうクドといわれる部分が少し詰まりぎみなのか。それにしても、前回は問題なくて、今回いきなりそうなるというのは、クドが何かでふさがったか。一般に炭焼きは時間をかけた方がいいと言われるが最後のこの窯の力のなさ、窯の中の色の具合からすると、う〜〜ん、よくわからん。最近、皮付きも思ったようにいってくれないし、炭焼きのその難しさを改めて思う。 4/7長野まででクヌギの材を取りに行く。パソコン通信時代からのフォーラム仲間の山仕事創造舎のYさんから話をもらった。豊科インターから15分くらい走ったあたり、町並みの裏にずずずっとクヌギ山が続いている。しかも、まっすぐな木ばかり。いやぁ、すごい。小川周辺にはない光景だ。ただ、人家に近いのに、道が着いていないところが多く、Yさんたちが切ったところはかろうじて道がある。Yさんといっしょに、4mに切りそろえてもらったまっすぐな3〜10cmのクヌギを4トントラック一杯に積んだ。その山の上にはまだひょろひょろとしたクヌギがある。でももうこれは切らないのだそうだ。というより、切れない。見るからに弱々しくて、切るのは忍びないくらいだ。根の部分が50cmほども露出していて、土壌が流れているのがわかる。1m以上も根が出ていた、以前歩いたネパールの山を思い出す。そこまではいかないが、これ以上成長する見こみもなく、切るとさらに土壌が流出するだろう。静かに、アカマツ山になるのを待つしかないだろう。たぶん、人が使いこみすきだのだろうな。小川周辺は木が大きくなりすぎているか、ツルだらけの山ばかりなので、こういう山もこの国にはあるということを改めて実感した。 この間、この炭焼日誌をお休みしていてごめんなさい。月一回ですがメールマガジンの方に炭焼きの様子を書いてますので、見てください。バックナンバーはこちら 2002/1/9年末に窯止めしたものを炭出し。材料は今期はじめてすべてクヌギの最良材を使ったのに、一部に火が残っていたようで、10〜15本くらいが下から半分燃えていた。窯止め後も少し窯が息をしていたためだ。燃えていたものはもちろんその周囲もなかなか温度が落ちなかったせいで、皮がはげる。木にもうしわけない。夜の窯止めだった。夜はやっぱりわかりにくい。完全に煙を水蒸気と判別して、閉じ込める作業が不充分だったのだ。ヘッドランプの電池がなく、えらく時間をかけたのだけど、だめだった。 年明け早々がっくりだが、次ぎを期すしかない。 2002/1/1今年を何とかいい年にしたい。最大はなんと言っても、炭焼きをしっかり軌道に乗せること。その先に希望が見える年にしたい。春頃にはもしかして仲間が一人加わるかもしれない。そうなったら、1+1以上のものをこの炭焼きで目指したい。 もうひとつは、これはもうしっかり希望が見えている地域通貨のこと。一昨年から時々書いている、資本蓄積しないオンラインの地域通貨「Q」(詳しくはこちら)が昨年11月にスタートした。このような地域通貨こそ、世界の人と人、人と自然の関係を豊かなものに変えていくカギだと思っている。これが作られる過程にはコミットできなかったが、この「Q」で炭・木酢液を提供することで私としてはこの「Q」の広がりに少しでも寄与できればと思っている。 最後になったが、ここ小川町でも荒れて悲鳴を上げている里山に手を入れる試みがはじまった。そこに私としもできる範囲で力を注ぎたい。その中で仲間とともに、あらゆる自然植生の木々たちをその性状を知り尽くし、最も有効に使ってあげていた伝統的な「木使い」の技術を少しでも習得できればと思う。山に入り、木と対話し、木を使うことで、この国の山々が、隅々まで美しく生まれ変わってくれることが大きな夢だ。
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最終更新日 :2006/6/9