炭焼日誌ファイル@1995〜96

炭焼き人めざして

  

山仕事修行
いよいよ炭焼き修行
炭が焼けた!
炭焼きは生き物みたい
炭の値段決めました

山仕事修行    95/4/29

 栃木の山に通い出しています。とにかく一年目なので木を切る所から教わって、チェーンソーもどうにか研げるようになったかなといったあたりです。自宅から、バイク−JR−東武−軽トラと乗り継いで片道2時間強で、子供の保育園の送迎がありますので、山にいられる時間は4時間しかありませんが、最初はへばりました。このところやっとなれてきました。おいしい空気と弁当のうまさ。最高です。
 山とともに生きることができないかと考えています。陸地上で自立した生態系サイクルが確立しているのは森林だけだと思います。生命体の維持に必要な養分を生産しているのは植物だけですが、畑で栽培される野菜などは土地から養分を奪い続けるだけです。その養分の補給は水や人間の手を経て山からなされるわけですよね。人間が生きて行くための食料の確保にしても、結局は山が握っていると思います。その意味では基幹産業と言えるんではないでしょうか。
 その山は養分を下流方向に与えるばかりで、どうして森林は成長し続けることができるのか。槌田敦氏や柴谷篤弘氏が本で書いてますが、風によるものと鳥による運搬(排泄による)、それにサケの遡上。そして人間による運搬。それだけで、ほんとに足りるのか不思議だと思います。
 で、私としては生活し働く場として森林に関っていきたいと思っています。なのに私は現在その対極に位置する東京に住んでいます。移住は10年から15年後になります。今すぐにそうしたいという私の強い希望とつれあいの経済的自立意思との妥協の結果です。
 ただ、移住の時まで何をするかと考えた末、生命の源である山にできる限り通って山での暮らしと仕事を少しでも習得することをめざすこととしました。この一年は専業で育児と家事を担う主夫だったのですが、春から子供を保育園に入れて、このところ見直しが盛んな炭焼きを覚えたいと考え、平日の昼間片道2時間程かけて、群馬(黒保根村)と栃木(田沼町)に通い始めています。行き帰りに時間がかかるので、現地出の作業は半日分しかできませんが。
 現在、炭の出し入れをしたり、炭にする木を切り出したりしています。雑木の山をチェーンソーで丸裸にするのですが、これでいいのかなと思います。まだ、雑木の多くは切り株から芽を出し、20年程で元の山に戻るそうなので、それが救いですが。先程の柴谷氏も、山の所々で木が更新された方がそこに住む生物の種が多様となり豊かなものとなると書いていています。自然状態の時に山火事やなだれによる土砂崩れで更新されていた森林の方が豊か(アメリカなどでは自然に発生した山火事は消さないそうです)で、それらの自然現象を人が防止する以上、人が適度に森林に入って活動することは森林をの豊かさを保つためにも必要なことだというわけです。日本で言えば、炭焼きや薪集めのために適度に山に入っていたころの方が森林は豊かだったと言います。
 チェーンソーで皆伐するのが、「伝統的」な範囲内かどうかというのはありますが、今のところは山で仕事をする人が少ないから大丈夫かなとは思いますが。
 山村でも教わっている方たちはしっかり生計を立ててらっしゃいます。黒保根では炭焼き、山菜取り、そしてクマザサ刈り(薬の原料)と落葉集め(肥料の原料)をされているそうです。田沼では、椎茸のほだ木と白炭焼きでほぼやっていかれているようです。山でも食って行けるものなんですね。ちょっと楽観的すぎるかなぁ。

いよいよ炭焼き修行  95/12/15

 栃木、群馬はさすがに遠く、もう少し近くでと炭焼きを教えてもらえるところはないかと埼玉県の林業事務所に聞いてみました。そしたらちょうど今月はじめに、埼玉の滑川にある森林公園で窯を作るのでその時に見学+手伝いに来てもらって、そこで指導してくださる炭焼きをしている方に聞いてみてはと言われました。
 さっそく2日間の窯作りをつぶさに見ました。ていねいな作業でした。そして、窯作りを指導された地元で炭焼きをされている方に炭焼きを教えていただきたいとお願いすると、とにかく来てみてくださいと快諾してくださいました。
 小川町にあるこの方の窯はいつも使っているわけではなく、また炭木を切り出せる小さな山があるということで、木を切る所から炭に焼き上がるまでを窯を借りて教わりながら自分で練習してみるということがやっとできそうです。
 木酢液も含めて炭はまさにトレンディーだって思ってます。うなぎや焼肉屋での需要だけでなく、水質浄化、土壌改良、家屋の除湿など使い方は限りなくあります。家庭用、動力用燃料にしても、いつまでも石油に依存し続けることはできないんじゃないかと思ってます。戦後に走っていた木炭自動車というのがいつか復活するというのもありうるかも。そしてなによりも、山に人がかかわり続け、再生可能な程度に木を切って行くことで、山が生き生きとした姿であり続けることができるんじゃないか。ほんとに山仕事に関っている人って、60才じゃまだまだ若いって感じですよね。うーーん、これからどうなるんでしょう。

炭が焼けた!  96/2/4

 去年の暮れから通い始めた埼玉県小川町で、今年に入って教えていただいている方の窯をお借りして、手取り足取りで教えていただきながら、二度炭を焼くことができました。明日は三度目の口燃しにかかります。
 炭のできばえはというと、去年教わっていた栃木の方(炭の鑑定員の資格ももっていらっしゃいます)にも見てもらったのですが、黒炭としては最高なものだそうです。できた炭全てが、そうとは言えず、黒炭の宿命として様々な炭が出てきたわけですが。黒炭の窯としては最も小さいということなのですが、それでもうまくいけば、毎回 150キロの炭がでます。置き場所もままならない状態ですので、当初考えていたよりはかなり早いのですが、通い炭焼き人ではありますが、売り先を探して歩こうと思っています。FAGRIオンライン市場でも紹介しようと考えています。
 そのためには、値段を決めなくてはなりません。茶の湯炭にも使えそうだと思われる物、ナラ炭、雑炭、粉炭には分けるとして、それぞれどうしようかいろいろ考えています。ナラにしても固く良く焼けた物(火付きは悪いが火持ちし火力もある)と柔らかめに焼けた物(火付きはいいが火持ちが悪い)と分けた方がいいかどうか。黒炭でもかなり良く焼けていれば、下駄箱、冷蔵庫などの除湿や除臭、さらにていねいに洗えば水をおいしくするのにも使えるようです。
それにしても値段です。インドネシアからの輸入炭はDIYショップですごく安く売られています(これがなかなか結構締まった悪くはない炭なのです)し、岩手の柔らかめのナラ炭もかなりDIYショップではディスカウントされています。最初ですし、私の今の状態からすると値段を低くすることは可能なのですが、今まで焼いてこられた方の生活に響くほどの価格破壊はしたくありません。山仕事はきつい仕事だし、炭の出し入れは相当の汚れ仕事です。普通に炭を焼いて生活できるだけの価格でなけ<ればならないわけです。で、いろいろ今調べているところです。
 自分の窯を作るために、小川町周辺での土地探しにもとりかかろうと思っています。
 とにもかくにも、明日から焼く炭も良いのができますように。 

 炭焼きは生き物みたい   96/02/10 

  今、教わっているのは黒炭なんですが、最後のねらしの時に通風口を全開しますので、真っ赤な炭を そこからのぞきこむことができます。今回は、一昨日の夜明け前にねらしにかかりました。周囲が暗い中で徐々に赤く輝いていく炭はとても美しく、幻想的でした。最終的には白炭もやりたいと考えています。白炭で24時間サイクルで焼くのが一番いいかなとも思っています。外から立て込めるし、白なので焼いた炭にムラはないし。木酢液もゆくゆくはちゃんと取りたいです。
 昨日朝、そろそろ売り込みに回らなくちゃと自宅に運んできた炭を仕分けしていたんです。ほんとに黒炭はいろんな炭が焼けます。仕分けも今の十俵窯でも、一日仕事になってしまいます。仕分けをしながら、こないだ買って見たインドネシア産の炭と重さや硬さを比べてみたのです。そうすると、負けている物も結構あるのです。たぶんマングローブじゃないかと思います。一度切るとかなり再生は難しいと言われているあれです。今日、教わっている方とその話をしていたのですが、おそらく何十年もかかってやっと少し成長する木ではないか。だから堅いんだという話しになったのですが。(箱にこの炭の代金の一部は地球緑化基金に寄付されますと書いてあるのはブラックジョークですね)まぁとにかく、安い。円安で少しは上がってくれるかもしれないけど、強力なライバルです。注---この時点ではわかっていませんでしたが、多くの輸入炭は、炭化温度が低く、たとえ硬くて重くても、揮発分が多く臭いの強い低質の炭です。室内では使えません。(2000/7/18)詳しくはこちらこちらを見てください。
この風土に育つ木の香りやこの風土に生きる森のことを考えて、こちらの炭を使ってくれる人がどの程度いるのか。ちょっと、自信は揺らぎ、気分は下降ぎみ。でも、パソコン通信通じて応援もいっぱいもらってます。とにかくできる限りいい炭を焼いて、絶対使ってくれる人をみつけるぞ。

 今度で三度目の炭になりますが、思うにこの仕事のカンをつかむのはたいへんだなぁって。風の向き、強さに影響されること。立て込み方、樹種、太さで違ってくること。それら全てを煙突と通風口の調整で内部の温度管理をしなければならないこと。
 一応、煙突口に寒暖計を置いてはいます。風が吹けば目盛りはぐっと下がりますから、頼ってはいけないとは言われています。ただ、風がないとしても出てくる温度は結果であって、温度上昇の仕方や釜止めまでの時間は毎回違います。それがどうしてそうなったのかはっきり説明することはできません。やることはやって、後は窯に任せている、いやもっと言うとこちらが窯のお手伝いをしているような。窯を開けた時の炭の状態を見て、次回のやり方を決めろ、つまり「窯に聞け」と教わりました。農業も土に教わるということがあるでしょう。漁業も海に教わるっていうことがありそうです。それと似ているでしょうが、また火を使うことでの違ったおもしろさが炭焼きにはありそうです。その意味では陶器焼きと似ていると良く言われてはいますが。
 使ってくれる人を絶対見つけて、早く自分の窯を作りたいです。
 今、もう一度、ナラのいい部分とクヌギの普通に焼けたのをインドネシア炭と比べて見ました。大丈夫、ナラはなんとか勝っていますし、クヌギは楽勝でした。よし!

炭の値段決めました   96/03/26

 やっと、炭の値段を決めました。
 市場を調べてみると本当にいろんな値段のつけ方があることを知りました。もう少し品質によって値段がはっきりしていれば、焼く側も買う側も納得できるのにと思います。炭が大量に使われている頃には、鑑定されて規格ごとに流通していたそうなのですが、今はそれもなくなって粗悪品も出回っているようです。悲しいことです。
 現在、5窯焼きました。4窯目が空気を止め切れていなかったようで、窯半分を灰にしてしまいました。山から切り出した木を灰にしてしまったことで申し訳ないという気持ちと自分の労力が報われなかったことで、少し落ち込みました。
 5窯目が結構うまく焼けたのでほっとしています。それにしても、一度も同じ様に焼けません。火入れから止めまでの時間は全て違いますし、出てきた炭もそれぞれ違います。おもしろい反面、難しさもこのへんにあるようです。
 これから気温の上昇とともに焼くペースは落ちます。その間に、どんどん大きくなって行く炭の山を使ってくれる人を捜さねばなりません。料理屋まわりにも気合を入れて取り掛かろうと思います。もう一つは自分の窯を作るための土地探しです。この秋以降の本格シーズンには自分の窯で焼きたいと思っています。
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最終更新日:2000/7/18